遠い太鼓 (講談社文庫)作者: 村上春樹出版社/メーカー: 講談社発売日: 1993/04/05メディア: 文庫購入: 12人 クリック: 109回この商品を含むブログ (143件) を見る

前に書いたことがある(2003年11月18日の日記)ように、村上春樹旅行記がかなり好きだ。
今回『遠い太鼓』を読んで、本当に楽しかった。


小説の方は相変わらずちっとも良さがわからず。
というか小説を読むと「この村上春樹という人と私は随分と違うなぁ。全然共感できないし理解できないし」とばかり思わされる。
たまに妙に根っこのほうに親近感(共感ではなく)を覚えることがあって、それもまた戸惑うばかり。


基本的に好きな作家というのは、作品(エッセイではなく小説)を読んで何か自分の考えや感覚ととても近いもの…それは例えば登場人物の考え方だったり、シーン描写の仕方だったりする訳だけれども…を感じて「これこれ」という感じで共感を覚えて好きになる。
そうしておいて、何かの機会に本人のコメントやエッセイや生い立ちなどを知って、余計に共感して好き度合いが増すというパターンばかりだ。


しかし村上春樹にはその図式が当て嵌まらない。
エッセイや特に旅行記を読んで、そこに垣間見える人となりに激しく共感して好きになるのに、その勢いで小説を手に取ると、まるでさっきの人は幻だったんだよとばかりにわけのわからないセンスが溢れていて混乱する。そんな繰り返しだ。
それだけ村上春樹という作家には奥行きがあるということなのかも知れないけれど「ナンダカ裏切ラレタ気分ダワ私」感がつきまとう。


ま、それは脇に置いて『遠い太鼓』。
今まで読んだことが無かったことが不思議なくらいハマッタ。
これは時々取り出して読みたい本。旅が好きな人ならきっと気に入るはず。お薦めだ。


何よりも思わず「ニヤリ」としてしまう記述が多いのがイイ。
本当に口の端が(片方だけ)あがって、ニヤリとしてしまうコトが多いのだ。
電車の中なんだけどやめられない。
読んでみないとこの良さはわからないし、読んで気に入った人なら私が何故こんなに絶賛するのかわかるんじゃないかと思う。そんな本。


1986年〜89年の3年間にわたるイタリア・ギリシア・イギリス・オーストリア滞在記。村上春樹、37〜40歳。
同じ時期1987〜88年には20〜21歳だった私も丁度ヨーロッパ一周旅行をしていた。
残念ながら微妙にいる場所と時期がずれているので「もしかしてあの時街角ですれ違っていたかも」というのはあり得ないんだけど、当時の同じ場所を自分も知っているというのは嬉しい偶然。


そして、36〜38歳の2年間をやはり何かに憑かれるように日本を飛び出して過ごしてきた後だけに、心に迫る実感がある。例えば


ふりかえってみると、そこには奇妙な欠落感がある。質感のある空白。(中略)その年月はある意味では失われている。でもある意味では、それは僕の中の現実にしっかりとしがみついている。
なんて描写にはすごく実感が伴う。私の場合は

コネもなく、何の組織にも属さず、ひとりぼっちで異国で生きて
きた訳ではないけれど。


きっと、遠い太鼓の音が聞こえる人と聞こえない人がいる。
きっと、聞こえても誘われない人と誘われてしまう人がいる。
私はきっぱりすっかり遠い太鼓に誘われてしまう側。そんな人達に読んで欲しい本。


遠い太鼓に誘われて
私は長い旅に出た
古い外套に身を包み
すべてを後に残して
(トルコの古い唄)
村上春樹『遠い太鼓』表紙裏より
この夏は高校時代の友人と、協力隊同期を訪ねてモンゴルへ行って来る。


朝飯:ゆで卵/昼飯:日替わり弁当/夕飯:ほうれん草のパスタ


2005/07/14(Thu) 22:03:30